Randのブログ

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【逆転の発想】

Photo

 

Pic上段。
最寄り駅の自動改札機です。
右側は基本全開(入口側も出口側も扉は閉じていない)。
左側は降車したお客さん専用に設定されているので、入口側(※こちらから見て)の扉が閉じている。
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自動改札機が登場したのは今から50年前(1967年)。
以前、その開発秘話を新聞記事で読んだことがあります。
その前年(1966年)、最初に導入を検討したのが近鉄日本鉄道だったそうです。
京都に本社のあるオムロン(当時は立石電機)が開発を任されました。
ヒントにしたのがPic下段のような
硬貨を投入して回転腕木を回す形のターンスタイルと呼ばれる改札機。
料金が一律の場合はこれでいいわけです。
外国の地下鉄等の改札はこんな感じみたいです。
※少なくとも『ニューヨークとソウルはそうだった』
と現地を旅した家族が言ってました。
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発想としては。
1.基本は閉じている。
2.正しいと判断された場合のみ開ける。

これが駅員さんのいる改札だと。

1.基本は駅員さんが『にらみを利かしている』ので強行突破は不可能。
2.切符または定期を見せて、『正しい』と判断された時だけ通過できます。
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ものすごく当たり前の考え方ですよね。たぶん当時の誰もが異論を唱えなかったと思われます。
なので、最初オムロンもこの発想で自動改札機を開発しようとしたのです。
つまり、『扉は常に閉じておき、正しい時だけ開ける』が初期の開発構想でした。
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1966年、近鉄の駅に『夢の自動改札機』が登場しました。
自信を持って臨んだオムロンの開発者たち。
試作機による実験が開始されます。
しかし、近鉄利用者の数は予想をハルカス...
いやもとい、はるかに超えるものでした。
この方式では、増え続ける乗降客を捌ききれなかったのです。
「なんやこれ!待たせすぎじゃボケー!!」
当時の大阪阿部野橋駅には怒声や罵声が飛び交ったことでしょう、たぶん(←ホンマか?)。
このままでは暴動が起こってしまう!
そう危惧した近鉄はアッサリと導入を諦めてしまいました。
しょうがないですね、トラブルに対処する駅員さんだって大変ですもの。
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最初は失敗に終わった『夢の自動改札機』でしたが、
その後 改良が加えられ、1967年ついに実用化されます。
阪急電鉄(当時は京阪神急行電鉄と呼ばれていました)の北千里駅に自動改札機第一号が設置されました。
※ただこちらは、パンチ穴式と呼ばれるもので『昔の有人改札』を自動化しただけのものでした。
現代の磁気化乗車券を使用した自動改札機の登場には、ここからさらに数年の歳月を要することになります。
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”現代の主流である磁気化乗車券を使用した自動改札機は、
1969年に近畿日本鉄道学園前駅で試験導入した日本信号製が実用化の端緒である。”
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三年前に一旦導入を見送った近鉄
しかし1969年、ついに実用化にこぎつけたのです。
磁気化乗車券の登場、これは画期的な発明でした。
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『扉は常に閉じておき、正しい時だけ開ける』
→これでは、混雑時には多くの乗降客を捌けない。
※扉を開ける・閉じるの時間、お客さんは改札機の前で待たされますからね。
開閉にかかる時間そのものは微々たるものですが、チリツモです。
改札前では大渋滞発生。
実際、最初に実用化に踏み切った阪急ではこの問題に悩まされていました。
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磁気化乗車券の登場が追い風になりました。
ここで、逆転の発想が生まれたのです!
『扉は常に全開で、誤っている時だけ閉じたらええやん』
かくして自動改札機前の渋滞は一気に解消されることとなったのです。
以上、自動改札機誕生秘話でした。
m(_ _)m #プロジェクトX を大幅に脚色しました。
NHKさん、ゴメンナサイ。
#逆転の発想

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